ディスカッションは難しい

ディスカッションは難しい

「私は焼肉が食べたい!」
「んー,焼肉もいいけど,今日は軽いのにしない?お昼ラーメンだったし。」

夕食決めの際の他愛もない会話です。日常会話なら何の問題もないですし,よくある話かもしれません。ですが,この会話をディスカッションとして捉えると,少し問題があります。

何が問題なのでしょうか。

まず,ディスカッション(議論)とは意見のぶつけ合いです。「私はこう思う」「いや,僕はこう思う」「いやいや,拙者はこう思う」など,互いがもつ意見=主張を言い合うことがディスカッションです。

でも,ただ言い合えばいいというわけではありません。きちんとした作法,つまり理由や根拠のある意見を述べることが前提となっています。その作法がないと,ディスカッションは平行線のままです。

たとえば,共同研究を計画している場面を想像してください。「人はなぜ本を読むのか?」をテーマにした研究です。仮説を考えているとき,北さんが「人の脳は本と似た構造をしているから」と主張し,南さんは「本がこの世にあるから」と主張します。それぞれにその理由を尋ねると,どちらも「何となくそう思ったから」と答えました。

どうでしょう。「なんだ,それ(笑)」ですし,そこからディスカッションは始まりませんよね(議論の口火を切る可能性はありますが…)。ディスカッションをするには意見を持つことも大事ですが,それと同時に,その理由や根拠も必要になります。

これをわかりやすく示してくれているのが三角ロジックです。三角ロジックとは論理的な意見の捉え方です。①クレーム=「論証責任」を伴う「主張・意見」,②データ=①を支える「事実」,③ワラント=②を挙げる根拠,という3つの要素から構成されていると捉えます(図1)。

図1. 三角ロジック(横山, 2016)

※ 三角ロジックはディベートの文脈から横山氏が独自に発展させたモデル,詳細は以下をご参照ください。

たとえば,「この映画は面白そうだ」という主張=①クレームが説得力を持つためには,「ぴあ映画生活でイチオシになっている」という理由=②データが必要で,それが理由になるのは「ぴあ映画生活は日本最大級の映画情報サイトである」という根拠=③ワラントがあるためです。(この例は横山(2016)の引用です)

この三角ロジックがあることでディスカッションは有意義に進展していきます。「ああでもない」「こうでもない」と互いに意見を出し合うことで,ディスカッションの目的(たとえば,研究仮説を考える)もうまく達成できそうです。

ただ,ここで大事なことがあります。それは,主張(=クレーム)は主張として尊重することです。たとえば,「この映画は面白そうだ」という主張に対して,「え?マジ?センスないわー」というのはディスカッションの世界では御法度です。そのように言う人の方がセンスがありません。人の主張はどのようなものであれ基本的には尊いので,簡単には否定できません。

では,賛同できない主張にはどのように対応したらいいのか。

三角ロジックを思い出してみてください。三角ロジックには主張=クレームだけでなく,理由=データや根拠=ワラントがありました。ですので,データやワラントに対して反論することができます。横山(2016)ではこれらを反駁と呼んでいます(反論にはアンチテーゼもありますが,ここでは省きます)。

たとえば,「この映画は面白そうだ」という主張に同意できないのであれば,その理由を尋ね(なぜそう思うの?),その理由(ぴあ映画生活でイチオシになっている)に対して反論したら良いわけです(ぴあ映画生活のイチオシはマニア向けらしいから私たちには面白くないかも)。

このように三角ロジックを意識することで,相手の主張を尊重したまま有意義なディスカッションができるようになります。

そして,ここからが本題なのですが(前置きが長くてすみません),この「三角ロジックを意識する」ことがなかなか難しい。ディスカッションをする際にどうしても自分の主張にこだわってしまい,相手の主張を受容できなかったり,聞いていなかったり,否定してしまったり(一番やってはいけないことを)してしまいます。

そのたびに反省するわけですが,なぜそのようなことになってしまうかと言うと,「自分の言いたいことが先にあり,相手の話を聞く余裕がない」からかなあと思いました。ディスカッションをしていると,話題がどんどん展開していくので,早く自分の意見を言わなきゃと焦ってしまいます。焦れば焦るほど相手の主張も聞けなくなるし,議論の要点も追えず,自分の主張にこだわってしまう。そういう負のスパイラルがあるのかなと思いました。そもそもディスカッションをすることに慣れていないという問題もあるかもしれません。

自分の言いたいことを言う前に,物理的に時間を空けてみる。時間を空けるとは相手に主張の理由や根拠を質問したり,ただただ相手の意見を聞いたりする時間を作るということ。時間を空けることに慣れ,習慣づけることによって,自分の主張にこだわったり,相手の意見を否定したりしないようになる。地道に改善していくしかないと思いました。

「私は焼肉が食べたい!」
「その主張には論証責任が伴います。焼肉が食べたいと思った理由を教えてください。」

しばらくはウザい人と呼ばれるかもしれません。