『ゲンロン0』を読んで

『ゲンロン0』を読んで

 『ゲンロン0:観光客の哲学』を再読しました。

 いま,結婚活動をしている人へのインタビュー調査をまとめている最中なのですが,その語りを読み解く視点のヒントをもらえないかと思い読み直しました。

 インタビュー調査を読み解く際の視点として導入するにはなかなか難しいと判断しましたが,結婚活動を支援するためにこれまで取り組んできた私の研究活動を総括する際には「観光客の哲学」を導入することが可能ではないかと感じています。

 以下,その準備作業として,観光客の哲学を自分のメモとしてまとめておきます。要約(解説)しているサイト,著者による解説もありますので,詳細はそちらをご覧ください。

 観光客というのは,特定の共同体のみに属する村人でもない,どの共同体にも属さない旅人でもない,基本的に特定の共同体に属しながらも時折別の共同体にも訪れるという第三の主体の在り方を指す。

 現代は共同体(ナショナリズム)が力を失った。だからといってどの共同体にも属さない(グローバリズム)理想を信じることもできない。どちらか一方に頼ることはできず,どちらも並立している二層構造の時代である(※)。だからこそ,観光客が重要になる。観光客とは,その間を往復し,「私的な生の実感を私的なまま公的な政治につなげる存在」(p.155)だからである。

 観光客の誤配(予期しないコミュニケーション)によって,新たな理解やコミュニケーションが生まれる。そのような誤配によって「事後的に生成し,結果的にそこに連帯が存在するかのように見えてしまう,そのような錯覚の集積がつく連帯」(p.159)。

 ネットワーク理論と接合すれば,観光客は「スモールワールドをスモールワールドたらしめた「つなぎかえ」あるいは誤配の操作を,スケールフリーの秩序に回収される手前で保持し続ける,抵抗の記憶の実践者になる」(p.186)。帝国=グローバリゼーション=欲望は,国民国家=ナショナリズム=理性と対立するものではなく,むしろ国民国家を生み出した契機そのもの,すなわち,つなぎかえ=誤配そのものが変質し,偶然性を失い,組織化されること(=スケールフリー)によって生み出された(p.191)。だから,観光客=誤配の再演こそが,新たな連帯を生み出せる。

(※)この二層構造の時代の国民国家(ネーション)の関係を「愛を確認しないまま,肉体関係だけをさきに結んでしまったようなものになりがちだ」(p.126)というアナロジーで東が表現しているのは婚活にとって示唆的です。「結婚したい」という欲望でさきにつながってしまい,愛(関係性あるいは信頼)を確認できない状態でいるという婚活の状態とかぶります。

 また,婚活における出会いの場は,まさにスモールワールドたらしめた「つなぎかえ」がスケールフリーの秩序に変質してしまっています。アレンジされた出会い=誤配であったのに,いつのまにか「資本」(美醜や財力など)をもつ者に選択が集中する。この点を考えなければ,結婚支援事業はいつまでたっても現状以上のものを生み出せないと思います。

 いまはまだどのように適切に導入できるかわかりませんが,婚活を読み解く視点として観光客の哲学の消化=昇華を続けていきたいと思います。

 『存在論的,郵便的』(東浩紀)も読み直さなければ。