開催記録|状況論を通して心について議論する@オンライン

開催記録|状況論を通して心について議論する@オンライン

 先日,状況論を通して心について議論するをオンラインで開催しました。

 状況論とは,「頭の中」に認知・感情・学習を閉じ込める人間観を批判し,状況と一体化したものとして人間の幅広い営みを捉えようとする理論です。代表的な書籍としては『状況に埋め込まれた学習:正統的周辺参加』があります。

 このような視点は,単に心理学の理論という枠を超えて,私たちの人間の見方の転換を迫ります。

 前回の研究会の目的は,状況論を参照しながら,「人間の捉え方」を考える時間を作ることでした。

 以下はそのときの記録です。

研究会詳細

参加者:8名
開催日時:2021年4月17日(土)
開催時刻:14時〜16時30分

発表者

広瀬拓海
──
状況論の系譜に位置づくパフォーマンス心理学や社会物質性という観点から研究を進めています。

概要

 心理学では多くの場合,人間の心,精神,あるいは認知や感情をその人の内側にあるものとしてとらえてきたように思います。これに対して状況論は,心を人々の内側に孤立したものとしてではなく,人間がつくり出す「活動」の全体性とともにあらわれてくるものとして理解しようとしてきた立場だと言えます。心をこのようにとらえることで,状況論は人間の心の日常的な場面における豊かな側面をとらえることや,現実の人々の生活をより良いものにすることに貢献としてきました。今回の発表では,この状況論について簡単に紹介した上で,特に「コミュニティ」,「ネットワーク」,「歴史性」という3つのキーワードをもとに,私たちが生きる現実において人間の心について考えることは一体どのようにあるべきなのかを参加者の方々と議論していけたらと考えています。

当日の流れ

 当日はまず,「「心」とは何か?」という問いから始まりました。心理学は「心」の学問だと言われていますが,そのときの「心」には多様なものが含まれています。まずはそれぞれが「心」と考えるものを共有することから始まりました(ちなみに,『心理学辞典』には「心」という項目はないそうです)。

 「心」は多様なものが含まれますが,状況論が批判するのは,「人間の認知機能を情報処理系とみなす立場(=認知主義)」です。頭の中のプログラム(「心」)が行動を制御しているとする認知主義的な想定を,カヌーの例(詳細は『スタンダード認知心理学』の第7章)や,学習の例(詳細は『スタンダード学習心理学』の第3章)を挙げながら,「本当にそう言えるのか?」と考えていきます。そうすると,「心」について考えるには,その人(個人)の「心」を成立させる周囲の環境こそが重要なのではないかという視点が現れます。すなわち,「心」が成立するには環境(コミュニティ)が不可欠であり,コミュニティなくして「心」を捉えることはできないという視点です。言い換えるならば,状況論とは,コミュニティから「心」を見るという立場です。

 では,そのときに無限に広がるように見えるコミュニティをどうやって捉えたらいいのか,という疑問・批判も状況論に対して当然向けられました。それに対する提案・応答が,ヴィゴツキーの三角形であったり,活動理論(エンゲストローム『拡張による学習』)であったりしたわけです。(個人的には,この点はとても重要な話であったと思います。状況論に対する「なんでもあり」観や「使いにくさ」という批判に応えて,かつ,状況論が「何をしているか」を分かりやすく説明していたからです。)

 そういった「コミュニティから「心」を見る」という視点をとると,そもそも「心」について考えるというこの研究会自体がこのようなコミュニティによって支えられているのではないかということになります。実際,一般企業に就職している一人の参加者の方からは,「心について考えるって心理学だとふつうだけど,周りにはあまりいない」というご指摘もありました。

 今回の研究会は,「心」について考える,だけでなく,「心」について考えることがなぜ必要なのか,という少しメタ的な視点から,ざっくばらんに話した,とても濃い2時間でした。「答え」が出るような会ではありませんでしたが,今年度の研究会の目標は,対話型思考(お互いに考えていることを共有しながら,考えを発展させていく)ですので,その第1回目として,とても有意義な会となりました。

次回の研究会

 次回以降も引き続き,お互いに考えていることを共有しながら考えを発展させていく対話型思考の研究会を開催していきたいと思っています。

 次回は5月15日(土)15時〜18時に「人工知能と心理学について、現職ITコンサルタントが思うところ」というテーマで研究会を開催します。

 詳細はこちらをご確認ください。参加をご希望なさる方は仲嶺(abcdigroom[at]gmail.com)までお知らせください。([at]→@)

 ともに考えられることを楽しみにしています。