Official髭男dism『Pretender』の世界観,あるいはストーカーについて

Official髭男dism『Pretender』の世界観,あるいはストーカーについて

SamWilliamsPhotoによるPixabayからの画像

 最近よく聞いている曲があります。Official髭男dismさんの『Pretender』です(今更かよ!と思われそうですが…)。「切ない恋心を歌った名曲だなあ」なんて思いながら聞いていたのですが,歌詞をよくよく聞いていたら,「あれ,これは失恋(あるいは,片想い)の歌ではないのかも?」とだんだん思ってきました。

 正確にいうと,失恋(あるいは,片想い)の歌ではあるのですが,失恋は失恋でも,ストーカーになる手前の気持ちを描いているのではないかと思ってきた,ということです。

 名曲『Pretender』の世界観をストーカーの世界として捉え直す。なんとも失礼極まりないことかと思いますが,なぜそう解釈するのかを以下で説明させてください。

失恋した人の心理

 恋をして,すべてがうまくいくといいのですが,それは叶わず,時にはそれにやぶれることもあります。そのように失恋したとき,私たちはそれに対処しようと何らかの行動をします。それを失恋ストレスコーピングや失恋コーピングなどと呼びますが,その反応の中には,実はストーカー未遂の行為もあります(失恋ストレスコーピングの研究は加藤,2005;恋愛関係崩壊後の反応については和田,2000)。

 たとえば,「偶然を装って,相手の人と会おうとした」とか「相手の家の周囲を何度か歩き回った」など一歩間違えればストーカーになりうる行為を,失恋後にはしてしまう可能性があります。もちろん,失恋後にすべての人がそういう行動をするというわけではありません。むしろ,そういう行動をする人は少数派です。しかし,一定数の人が,一見するとストーカーと間違われかねない未練行動をしてしまうのも事実です。

 念のため付け加えておきますと,ストーカーは犯罪です。ストーカーの恐怖を過小評価しているわけではありませんし,ストーカーは律するべきだとも思います。だからといって,失恋後に生ずる未練行動(の一部)を一律にストーカー行為だと判断することも私には抵抗感があります。あくまで未練行動であり,適切な対応ができれば,ストーカーあるいはストーカー行為にならないと考えた方がいいのではないかと思っています。

 要するに,失恋後には,ストーカー行為とは言えないまでも,グレーな行動が起こる場合があるということです。以下では,ストーカー行為との区別をつけるため,このグレーな行動を未練行動と呼びます。

未練行動からPretenderを読み解く

 以上を踏まえた上で『Pretender』の歌詞をみていきます。登場人物は2人です。

・主人公(元恋人):未練行動を行う人物(ストーカー未遂)
・相手(元パートナー):主人公がお付き合いしていた人物

 たとえば,冒頭の歌詞。

君とのラブストーリー それは予想通り
いざ始まればひとり芝居だ
ずっとそばにいたって 結局ただの観客だ

 「あの頃に戻りたい」「もう一度楽しい日々を」と主人公は願っているのですが,それは自分だけの気持ちであり,自分はただただ相手の人生を眺めているしかないという妄想と現実の境目にいることを主人公は自覚しています。

 この境目の自覚は次の歌詞にも現れています。

もっと違う設定で もっと違う関係で
出会える世界線 選べたらよかった
もっと違う性格で もっと違う価値観で
愛を伝えられたいいな そう願っても無駄だから

 相手とヨリは戻せないことはわかりつつも,未練を断ち切って離れることもできない。そのようなつらさはサビでも歌われます。おそらく,元パートナーもまだ主人公をストーカー認定はしておらず,未練がましい元恋人くらいで今は接してくれているのでしょう。だから,髪に触れる距離にまでまだ近づけます。

 また,以下のサビの後半(下二行)。

グッバイ 君の運命のヒトは僕じゃない
辛いけど否めない でも離れ難いのさ
その髪に触れただけで 痛いや いやでも 甘いな いやいや
グッバイ それじゃ僕にとって君は何?
答えは分からない 分かりたくもないのさ

 「君にとって僕は何?」と尋ねないのは,答えがもう分かりきっているから,逆に「僕にとって君は何?」と尋ねるのは,まだ答えが確定されないからです。ストーカー対象なのか,元恋人なのか,復縁の可能性がある人なのか,確定できないし,おそらく,自分にとって望まない結論になるから,確定したくないのだと考えられます。

 そのような未練を増幅させた結果,未練行動は徐々にエスカレートしていきます。

グッバイ 繋いだ手の向こうにエンドライン
引き伸ばすたびに 疼きだす未来には
君はいない その事実にcry そりゃ苦しいよな

 ヨリを戻したいために,思わず手を繋いでしまいます。「離して」という相手からの拒絶の言葉も受け入れられず,いつまでも手を離せない(「エンドライン/引き伸ばすたびに」)。そうすると,未来は疼き出します。「疼く」とは痛みを感じる表現です。疼きだす未来,どのような未来か。そう,「接近禁止命令」が下る未来です。そうなると当たり前ですが,その未来に君はいません。存在しないのではなく,一生世界が交わらないという意味での「君はいない」。主人公からすれば,その事実は泣き出したいくらい苦しいでしょう。

 おそらく結果的に接近禁止命令は出なかったのではないかと思います。最終的に「永遠も約束もない」と歌われるからです。ギリギリのところで踏みとどまり,「それもこれもロマンスの定めなら悪くないよな」と,なんとか未練を断ち切る兆しが見え始めて,この歌は終わります。

 以上が『Pretender』の一解釈です。ちょっとうがった聞き方かもしれませんが,この解釈をすることで見えてくる(想像できる)こともあります。それは,ストーカーの加害者の心理とその対応についてです。

ストーカー加害者の心理と対応

 失恋した人の心理で説明した通り,未練行動は,グレーではあるものの,ストーカー行為とは言い難いものです。そして,そのグレーさは,主人公が妄想と現実の境目を自覚していたように,未練行動を行う人も自覚しているかもしれません。

 自覚しながらも行動をやめられずエスカレートしてしまう。『Pretender』ではなんとか踏みとどまってストーカーにはなりませんでしたが,ここで踏みとどまれない場合もあるでしょう。踏みとどまれないとストーカーですが,逆に言えば,踏みとどまる方法(適切な対応)がわかれば,ストーカーではなく未練行動のまま終わらせることができると言えます。

 同曲では,踏みとどまれた結果が提示されるだけで,踏みとどまるための適切な対応は明示されませんでした。しかし,なぜ踏みとどまれないでエスカレートしてしまうのか,そのヒントは以下の歌詞に隠されています。

誰かが偉そうに 語る恋愛の論理
何ひとつとしてピンとこなくて
飛行機の窓から見下ろした 知らない街の夜景みたいだ

 この歌詞のどこにヒントが隠されているのか,一歩ずつみていきたいと思います。

 まず,論理とは「考えや議論などを進めていく道筋」や「事物の間にある法則的な連関」のことです。そうすると,恋愛の論理とは「恋愛における決まりごと」と言えます。それがピンとこないと表現されます。

 「恋愛における決まりごと」とは何でしょうか。いろいろとありますが,失恋,とくに未練に焦点をあてると,「相手を忘れる」「次の恋を探す」があてはまるかと思います。たとえば,「彼女にまだ未練あるんだよね」などと友だちに相談すると,共感はしてくれるかもしれませんが,「次の恋見つかるといいね」とか「早く忘れるために合コンでもする?」というように,未練を断ち切ることを推奨されるのではないかと思います。あるいは,少なくとも,未練行動を推奨されることはないでしょう。そういう「恋愛の論理」がピンとこないわけです。

 さらに,恋愛の論理は,ピンとこないどころか,「飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景みたい」と言われます。飛行機の窓から街の夜景を見下ろしたとき,私たちはどのように感じるでしょうか。多くの場合,「きれいだな」と感じると思います。そして,その夜景は「知らない街」,つまり,自分の世界とは別世界のものであるとも表現されています。ここから,別世界にあるきれいなもの,すなわち,恋愛の論理は,主人公にとって理想論に見えていることが読み取れます。

 ここまできたらお察しかもしれませんが,歌詞の解釈をまとめますと,誰かが言う恋愛の決まりごとは主人公にとって理想論にすぎず,何の役にも立っていないということです。

 要するに,私たちにとって未練行動は「ダメなもの」あるいは「望ましくないもの」とされ,それについての別の視点がないことを上の歌詞は表しているのではないかと考えられます。だからこそ,私たちが未練行動をしたときに,どうやってそれに歯止めをかけたらいいのか,踏みとどまるためにはどのような対応があるのかがわからないまま,エスカレートしてしまうと考えられます。

 未練行動はあくまで未練行動と捉えた上で,つまり,未練行動は「悪」ではないと捉えた上で,その心理を探っていく。今ある「恋愛の論理」を問い直していくことが,ストーカー被害も加害も生まない予防になるのではないか。『Pretender』をあえてストーカー未遂の心理として解釈することで,そういったことがみえてくるのではないか,などと考えました。

 

 そういえば,pretenderをweblio英和辞典で検索したら,主な意味の一つに「(不当な)要求者」があげられていました。意味深。