非常勤講師経験の多さは講義技術や大学教育経験の向上につながらないのではないか

非常勤講師経験の多さは講義技術や大学教育経験の向上につながらないのではないか

 Ruwad Al KaremによるPixabayからの画像

 常勤で就職するためには教育歴が必要。そういう話は大学院のときに耳タコだった。それを信じていたから,大学院のときにできる限り非常勤の講義担当を引き受けさせてさせてもらった。週に5コマくらい担当していた時期もあったと思う。とても良い経験だったと今でも思っている。

 でも,常勤職を得た後に振り返ってみて,教育歴=経験数だと思っていたので,話がある限り非常勤講師を引き受けたけど(話があるだけありがたいことです),そこまで必要なかったのではないかとも思った。お金の問題を抜きにすれば,週に1コマ,多くても2コマでよかったのではないかとも思う。なぜなら,非常勤講師によって培われるのは,大学教育の経験ではなく講義技術であるし,その講義技術も経験数の単調増加によって向上しないと感じるためだ。

 講義技術とは,学生の興味を惹くようなコンテンツを盛り込んだり,講義内容をどのように設定するかを構成したりする技術のことを指す。この技術は大学教育でも間違いなく必要。だから非常勤講師を経験することはこの点ではメリットだ。しかし,この技術はコマ数を増やせば向上するかというとそうでもない。むしろ,講義資料の作成に時間を取られて,技術向上の時間を取れない可能性もある。週に1コマないしは2コマの講義に対してじっくり向き合った方が,どこで学生が盛り上がり,どのような内容だとうまく伝わるかなどを反省しやすい。講義は学生との対話であるので,その反省を通してしか講義技術は向上しない。闇雲に講義をしても技術向上は望めない。そう考えると,非常勤講師のコマ数を単調に増やす必要はないと個人的には思う。

 大学教育の経験とは,4年間を見通して講義を構成する経験だ。これは単発の非常勤講師では絶対に培われない。非常勤の場合,良くて1年あるいは半期である。1回分の講演を15回実施するというスタンスでやれば,講義全体の見通しを立てる必要はもはやなくなる。しかし,4年間という長期的な見通しを立てて各講義を実施していく講義構成は,そこまで明確に考えていなくとも,大学教育に携わる上では必須だと個人的には思う。繰り返すが,この経験は非常勤講師では絶対に培われない。そう考えたとき,非常勤講師の経験は大学教育という点においてはまったくプラスに働かない。

 常勤で就職するためには教育歴が大事。確かにそうなのだと思う。でも,かりに,もし今,大学院のときの自分にアドバイスできるのだとしたら,「非常勤の講義は週に1コマでいいよ」と伝える。大学教員を採用する立場の先生方には,願わくば,若手を採用する際に非常勤講師歴をそこまで問わないでほしいなと思う。