読書感想|Change the label

読書感想|Change the label

加藤史子(2020).Change the label──人生を変える「自信」のつくり方── ごきげんビジネス出版

本書紹介 from スターティアラボ

■驚くほどカンタンに自信がつき、あなたの人生を〝劇的〟に変える!

自己肯定感の低い人が結果を得るために必要なのは、「やり遂げることができる!」と、自分の可能性を信じきることができる自信です。「自信が未来をつくる」ことに気が付けば、自ら「自信スイッチ」を押すことができるようになります。不可能だと思えることにもチャレンジし、結果を出すための手法、『チェンジ・ザ・ラベル』は、意識を行動に変え、一瞬で自信にあふれる状態に切り替える力を与えてくれます。

本書感想

肝となる発想は,自己啓発系で数年前(十数年前?)に流行った「引き寄せの法則」です。自己啓発系の本を読み漁っているわけではないので,昔の「引き寄せの法則」と本書との間でどこがどう違うのか詳しくはわかりませんが,おそらく「自信」というワードがプラスされているのかなという印象です。

※ ちなみに,「自己啓発系にすぐ影響されてしまう」という方は『信じる心の科学(西田公昭)』を読むと勉強になると思います。

「考えたこと,感じたこと,言葉にしたことが実現します」
「なので,思考をネガティブに向けず,ポジティブに,自分の夢を叶えられるように,その願いをイメージしてみましょう」
「そうすると,その夢や願いが実現するのです」

これが「引き寄せの法則」の大枠です。そして,「それを達成するためには「自信」が大事で,その「自信」のつけ方(身につけ方)を伝授します」というのが本書の内容かと思います。

この「自信」は心理学ワードで言うと「自己効力感」に相当するのかなと思います。確かに「自己効力感」は自律的に行動する上で鍵となる概念で,本書が提案するように,「自信」(=「自己効力感」)を有することで自分にとって望ましい結果を得られる可能性は高くなると思います(思考が実現するかどうかは置いておくとして)。その意味で本書は「自信」のない人が少しでも「自信」を得られる一助になるであろうと思う部分はあります。

ただし,心理学という視点から見ると気になる部分もあります。大きく気になるのは2つ,細かいのが2つです。

1. 心理学ではなくNLPが基礎

本書には何度か心理学に基づくことを示唆する記述がありますが,そこで引用される人や手法は心理学(者)ではなくNLP(神経言語プログラミング)です。NLPと心理学は本質的に別物ですので(詳しくは「心理学とNLPは何が違うのかを考えてみた」),心理学ではなくNLPに基づいていると本書は書くべきでしょう。

2. 個人的努力への過度な還元

チェンジ・ザ・ラベルというタイトルからも示唆されるように,本書では「自分に対するラベルを変えよう,そうすると願いが叶う」と主張されます。ここでのラベルとは自己認識です。たとえば「私は事務仕事が苦手だ」と思っていると,ミスをしたり,作業が遅かったりなど本当に「事務仕事が苦手」という現実が起きてしまいます。でも,ラベルを変える(私は事務仕事の天才!事務仕事マスター!)ことで,そのラベルの通りの現実(事務仕事が楽しくなり,サクサク終わる)が実現する。このように主張されます。

確かに自他への「ラベル」は人間の可能性を制限するとともに拡張するものでもあります。その意味でラベルを変えることの有効性には頷けますが,その方法が徹底して自己認識の変容(自己努力)である点には同意できません。

本書では,「自分の望むような自分へのキャッチ・コピーをつけよう」「どういう人物になりたいか想像して言葉にしてみよう」「嫌な相手にもユニークなキャラクターのラベルをつけて(ジャイアン課長など,p.83),苦手意識を和らげよう」などのように自己認識を自分で変容することを説きます。ですが,本書で触れられる実例のほとんどは他者からのラベルづけ(あるいはその補助)を起点にしています。たとえば,誰々さんから〇〇と言われたから私は変われた,などです。すなわち,自己認識を変えるために他者の存在が前提とされています。ラベルの変更は個人的努力だけではどうにもならず,他者あるいは関係性が必要とされるわけです。

もちろん,個人的努力でできる部分もあると思います。しかし,個人的努力だけではどうにもできない部分もあります。そこを無視して,「あなたが自分で自分のラベルを変えることでより良い人生に向かえる」というのは現代社会で問題になっている過度な自己責任論と同根の発想があります。本来的に「社会」と接続した存在である「個人」を「社会」から切り離してしまうという点で,心的事象の過度な個人化は弊害でしかないと個人的には思っています。「ラベル」を変えるのは確かに重要ですが,「ラベルって何なんだろう?なぜそういうものがあるのだろう?」という点にも思いを巡らせてもらえたらよかったのかなと思います。

3. 用語の間違い

本書では心理学概念として「モデリング」と「アンカリング」を用いた説明が行われます。本書での「モデリング」と「アンカリング」の説明は以下の通りです。

モデリング……自分にはうまくできないと思い込んでいることを,それがうまくできるであろう人をイメージしてその人になりきることで,実際にもうまくできるようになる心理学の手法。

Change The Label −人生を変える「自信」のつくり方−(p.102)

「アンカリング」とは,学習によって引き起こる反応を利用するものです。例えば,頭の中でレモンを想像してみてください。想像しただけ,口の中に唾液が出てきませんか?レモンは酸っぱいということを学習しているので,想像するだけでも身体反応として唾液が出るのです。

Change The Label −人生を変える「自信」のつくり方−(p.115)

心理学を学んだことがある人なら「???」と思うのではないかと思います。

モデリングとは,他者(モデル)の行動を見聞するだけで成立する学習(社会心理学小辞典)のことで,たとえば,朝にコーヒーを飲みながら新聞を読む親を見て,子どももそれを真似する(コーヒー飲みながら本を読むなど),などが例として挙げられます。「うまくできないと思い込んでいること」とか「イメージしてなりきる」とかは全く含まれていません。心理学のモデリングの概念をアクロバティックに解釈しているのかなと思います。

同様に,アンカリングとは,アンカー(基準となる数値)によって後続の判断が影響されることです。たとえば,身近な人2名それぞれに「8×7×6×5×4×3×2×1」の答えと「1×2×3×4×5×6×7×8」の答えを5秒以内で回答するように尋ねてみてください(Aさんには前者をBさんには後者を尋ねる)。そうすると,本来は両者で答えは一緒であるにもかかわらず,前者の方が回答の数値(推測値)が大きくなります。前者は「8」から式が始まるので「8」がアンカーとなり,「1」がアンカーとなる後者に比べて,回答の数値が大きくなってしまいます(時間をかけて考えると正解できるので,即座に回答を求めて答えを推測してもらうことが重要)。これがアンカリング(効果)です。

本書で説明される「アンカリング」は心理学であれば,条件づけ(特にレモンの例は古典的条件づけ)と呼ばれます。

心理学の概念と言いながら心理学的に誤った用法があるのは,1で書いたように本書がNLPに基づいているためです(たとえば,NLPの「アンカリング」は本書と同じ意味)。少なくとも上記の2点は心理学的には誤っていますので注意してください。

4. 感謝日記の効果は限定的

p.153で感謝日記が紹介されます。筆者はそこから派生して未来の出来事にも感謝する日記を綴ることの有効性を主張するのですが,そもそも感謝日記自体に効果があるのか疑問です。

欧米では感謝日記に効果があるという知見もありますが,日本においては寡聞にしてそのような知見を見たことがありません。効果がないという知見なら見たことがあります(「感謝を数えることが主観的ウェルビーイングに及ぼす効果についての介入実験」)。

このように,日本で感謝日記にどこまで効果があるのかについては心理学的にはまだわからない状況ではあります。

長くなりましたが,以上が本書を読んでの感想です。著者によるおすすめの自信をつける方法という観点であれば面白い実践だと思いますし,気分が落ち込んだときに試してみたら前向きになれるかもとは思いました。

鵜呑みにするのではなく,あくまでも参考程度に読むと良いかと思います。

関連書籍

以下の書籍を読むと,本書の読み(読解)が異なって見えてくると思います。