読書感想|性格とはなんだったのか

読書感想|性格とはなんだったのか

渡邊芳之(2010).性格とはなんだったのか──心理学と日常概念── 新曜社

本書紹介 from 新曜社

性格とはなにか? はたして性格は個人の一貫した特性なのか? 性格研究の総本山ともいえる心理学が繰り広げてきた「性格の一貫性論争」をとおして,日常的な概念を研究することの問題や面白さについて,深く掘り下げて考える。

本書感想

性格の一貫性論争」という性格心理学では有名な論争がありました。人間には性格があって,どこに行っても性格に適した行動をするよね(たとえば,明るい性格の人は基本的にどこでも明るい)と考えていた性格心理学者たちがいました。その人たちに対して,同じ人でもいろんな場面でいろんな振る舞い方をしてるよ,性格なんてないのでは?(たとえば,明るい性格の人は学校では明るく,塾では普通で,家では暗い)と批判した人たちがいました。このように,「性格はある」と考える陣営と,「性格なんてないのだ」あるいは「行動に一貫して影響する性格と呼ばれるようなものはないのだ」と考える陣営との間の論争を「性格の一貫性論争」と言います。

この「性格の一貫性論争」を整理,すなわち,性格心理学のこれまでを整理し直し,これからの性格心理学の方向性を提案したのが本書『性格とはなんだったのか』です。

「一貫性論争はある意味で疑似問題であった」と結論するものの(詳細はぜひ本書をご覧ください),そこから大事な教訓を取り出し,性格概念に対して4つのアプローチを引き出します(p.141)。

(1)行動主義アプローチ:性格概念の使用をやめ,人をとりまく状況要因の分析から行動の説明,予測や制御を目指す

(2)理論的構成概念アプローチ:性格概念のうち,少数ではあるが存在する,理論的構成概念としての性質をもちうるものだけを使用して,行動の状況を超えた予測や原因論的な説明を目指す

(3)相互作用論アプローチ:性格概念が傾性概念であることを前提にして,個人と状況との相互作用から性格をとらえることで,具体的な行動の予測力の増分を目指す

(4)個性記述アプローチ:性格概念のメタファーとしての性質を重視し,個人の歴史や個人特有の文脈の分析を通じて,性格概念に内包された意味を明らかにすることを目指す

要するに,これまでの性格の用いられ方の多くはすでに機能不全であるから,新しい方向を目指して頑張ろうと主張しているわけです。しかし,実際にはそうなっていない現状があります。ちなみに,この4つの方向性は,性格概念だけでなく,社会心理学で用いられやすい心理学的概念にもあてはまる部分が多くあり,かなり示唆に富む内容になっています。

ところで,心理学は理論が弱いと言われます。本書に対して「心理学なんだからデータを取って示してほしい」(意訳)というコメントも見かけました。いかに心理学という学問が”理論”に疎く,データ偏重であるかを物語っているように感じます。そのような現状の中,理論的にアプローチし,理論的問題をクリアに明示し,今後の方向性を示した本書は稀有な存在であると言っても過言ではありません(しかも日本語で読める)。

それにも関わらず,本書の問題意識は心理学会で共有されていないように感じます。おそらくこれまでも共有されてこなかったからこのような問題が生じているはずで,こういう理論的問題に対する心理学の鈍感さは何なのだろう?と日々考えさせられています。

ある研究会で「心理学が昔から変わらないのはなぜなのかなと考えています」と発言したとき,「心理学が社会経済的状況に絡め取られている(たとえば,心理学的知見を世間が求めている,お金になる,など)という状況がある」とコメントを頂きました。それは分かっているつもりで,そのときは「んー」と思っただけでしたが,改めて考え直してみると,ここで考えたかったのは「どのように絡め取られてしまっているのか,その絡まりを解放する回路はないのか」ということだったのかなと思います。

本書はその礎になる貴重な本だと思いました。