読書感想|街の人生

読書感想|街の人生

岸 政彦(2014).街の人生 勁草書房

本書紹介 from 勁草書房

本書には5名のライフヒストリーが収録されています。子どものころに南米から日本に移住し、やがてゲイとしての自分に気づいた人。夜の世界でなんとか自分の生きる場所を切り開いてきた「ニューハーフ」。満州で生まれ、波瀾万丈の人生の果てに大阪でホームレスをしていた男性。さまざまな人たちが語る、「普通の人生」の物語です。

本書感想

本書にはいわゆる「マイノリティ」と呼ばれる人の生活史が記録されている。本当にただの生活史(生い立ちについてのインタビュー記録)である。著者自身が述べているが,「なるべくそのような編集(注:読みやすい文章に形を変えること)はせずに,もともとの会話をそのまま残すように」(p.ⅰ)したことがよくわかる。なぜなら,「読みにくい」からである。

誤解のないように伝えておきたいが,「読みにくさ」を問題にしているのではない。会話を編集しないまま文字にするとはそういうことである。人の話を聞いてそれを文字に起こした経験のある人ならご存知のとおり,人の会話とは基本的にわかりづらい。聞き直してみると「あれ?なんかさっきと言っていること微妙に違うのでは?」「話噛み合っていないよね?」「それってどれ?」みたいな「齟齬」がいたるところにある。人との会話である生活史に最低限の編集しか加えていない本書にもそのような「齟齬」が見つかる。「齟齬」があればあるほど,本書が会話の記録であることを如実に物語る。

そのような本書の特徴は私たちに多くのことを教えてくれる。「マイノリティ」の生活は私たちの生活と地続きであること,隣人が「マイノリティ」かもしれないこと,その意味で「マイノリティ」と私たちは切れない存在であること,ドッペルゲンガー的な私たちであることを知る。しかし,逆説的に響くかもしれないが,「マイノリティ」と私たちは質的に違う存在であることも同時に知る。あくまでドッペルゲンガーでしかないことを知る。会話を読むことは他者との微細な齟齬を感じる訓練になるのかもしれない。

本書にはまた別の側面もある。それは生活史の教科書としての側面である。著者は『質的社会調査の方法』で生活史調査の方法を詳述しているが,同書で詳しく知ることができないことは,生活史調査中(インタビュー中)の様子である。生活史調査の実施前から後にかけて丁寧に説明してくれるものの,「では具体的にどうやったらいい?」という調査中の不安は同書を読むだけだとなかなか解消されない。しかし,本書を調査中の生の記録として捉えることで,「こういう風にインタビューがすすむのか」「最初に,お生まれは?と本当に尋ねるんだな」ということがわかる。別角度から質的社会調査(生活史)の方法を伝える書として本書を捉えることも可能であろう。