反実在論のパターン

反実在論のパターン

先日,「反実在論は広義の実在論」という記事を書きました。そこでは科学哲学における科学的実在論,反実在論,観念論との関係を『科学哲学の冒険』(戸田山和久)から引用して説明しました。簡単なおさらいを以下でします。

科学哲学では大きく,科学的実在論,反実在論,観念論という区別が存在します。

科学的実在論:人間の認識活動とは独立に世界は存在し,科学はその秩序を知ることができると考える立場

反実在論:人間の認識活動とは独立に世界は存在するものの,観察不可能なものについては,科学によって知識を得ることはできないと考える立場
例|操作主義,道具主義,構成的経験主義

観念論:人間の認識活動とは独立に世界は存在せず,世界とは人間の認識であるから,認識を知ることはすなわち世界を知ることであると考える立場(現代では社会構成主義が該当)

人間の認識活動とは独立に世界は存在するという点で科学的実在論と反実在論は広義の実在論であり,観念論とは対立する立場でした。

ところで,反実在論の例として,操作主義,道具主義,構成的経験主義が『科学哲学の冒険』では紹介されていました。今回はこの3つの主義について同書から引用に基づきまとめておきます。

操作主義と道具主義と構成的経験主義

反実在論とは目に見えないものについては知ることができないと考える立場でした。しかし,科学は目に見えないことについて一生懸命研究しています。心理学も同様で,目に見えない“心”について研究しています。この営みについてどのように考えればいいのでしょうか。

この営みに対する考え方の違いが操作主義,道具主義,構成的経験主義です。これらの主義の違いは目に見えないもの(観察不可能な言明)の扱い方です。では,どのように違うのでしょうか。

操作主義operationism:観察不可能な言明は観察可能な言明に言い換えられるとする立場
例|「電子はしかじかの値の負の電荷をもつ」(観察不可能な言明)
→「こういう実験をしたらこういう結果が出て,こんな実験をしたらこんな結果になる,そしてこんな実験をしたとしたら……」というすごい長い文の省略形と考える

道具主義instrumentalism:観察不可能な言明は観察可能なものの推論の道具であるとする立場
例|「電子はしかじかの値の負の電荷をもつ」
→これは何も意味しない。あくまで,観察できるものの(現象論的)法則を一つにまとめたり,観察可能なものの予言を中立をしたりするためにしか役立たない

構成的経験主義constructive empiricism:科学の目的は,すべての観察可能な心理を導き出すような理論を構成することであり,観察不可能なものについての心理を発見することではないとする立場。この立場に立てば,「世界に正確に対応した真なる理論を見いだすことが科学の目的だとは考えてない」(p.160)。「できるだけ多くの観察可能な真理を帰結するような理論を構成して「現象を救う」ことが科学の目的であると考えている」(p.161)

以上がそれぞれの主義の説明です。簡略していうと,各主義の違いは,科学的営みにおいて現れる観察不可能な言明を「無効化」する戦略の違いだと思います。反実在論は観察不可能なものを知りえないとする立場ですので,科学的営みにおいて現れる観察不可能な言明を「無効化」する必要がありました。操作主義は観察不可能な言明を観察可能な言明に変えることで「無効化」しようとしました。道具主義は観察不可能な言明には道具的な意味しかないとすることで「無効化」しようとしました。これらの主義では,科学の目的は世界の正確な姿を発見することだと考えていたため,観察不可能な言明を別の意味に換言することで対応しようとしました。そのような対応にはどうやら無理があったようで,現在はあまり支持者がいないそうです。他方,構成的経験主義は,他の2つの主義とは異なり,科学の目的を変更しました。科学の目的を「現象を説明する理論を構成すること」に変えることで,「観察不可能な命題は現象を説明できればOK,真かどうかは問わない」となり,観察不可能な言明を「無効化」しました。この立場の代表者にファン・フラーセンがいるそうです。

ところで,心理学でよく使われる質問紙による心理尺度は操作的定義を用いていますので,操作主義的な立場と言えるかもしれません。ただ,心理尺度の操作的定義には問題があり(心理学者による論考として,渡邊,1996;科学哲学者による論考として,戸田山他,2015,但し要旨集),これをクリアしなければ心理尺度は素朴には使用できないのではないか,と現状では考えています。ちなみに,戸田山他(2015)で言及されているHasok Chang(2004)はおそらく『Inventing Temperature: Measurement and scientific progress』だと思います(日本語の読書メモもありました)。